楽しい投資研究所の旅日記

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メスキータでイスラム教とキリスト教の融合を見る

(※2018年9月 コルドバ

コルドバのメスキータを訪れた。メスキータはモスクの意。8世紀、後ウマイヤ朝の時代に造られた。

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*入場チケット売り場の行列。窓口は複数あるので案外さくさく進む。

建造したのはアブド アッラフマーン1世。彼はウマイヤ朝の王族(カリフの一族)の子としてダマスカスに生まれたが、アッバース革命でウマイヤ家の一族が虐殺されるなか、それを逃れてイベリア半島に至り、後ウマイヤ朝を建てた。彼の亡命行は軽く調べただけでも凄絶かつ劇的である。伝記か小説があれば読んでおきたい。誰か書いてくれないか。

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*メスキータのなか

11世紀、後ウマイヤ朝カトリック勢力の圧力を受け、内部崩壊するかたちで滅んだ。その後イベリア半島は群雄割拠の時代を迎える。

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*メスキータ内部。列柱の森。

13世紀にカスティージャ王国がコルドバを占領。モスクはカトリック教会堂となった。イスラム教のモスクからキリスト教の聖堂への転換である。イスタンブルアヤソフィアと逆のパターン。意外といろんなところでこういうことが行われているのかもしれない。宗教戦争に伴う定例行事のようなものといったら怒られるだろうか。その都度多くの血が流されているわけだが。

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 *メスキータのなかのミフラーブ。この方角にメッカがある。

宗教間の対立が近年強調される場面が増えたような気もするが、イスラム教徒の間ではキリスト教徒もユダヤ教徒も同じ神から教えを受けた啓典の民として敬意を払われてもいる。 

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イスラーム装飾そのもの

メスキータには16世紀に大改築が施された。スペイン王カルロス1世の命による。ただ、工事担当者はモスクの造りに感じ入ったようでかなりの部分を従来のまま残している様子である。内部は列柱の森である。イスラーム装飾が美しい。モスクの趣を多く残しつつも、キリスト教の祭壇があちらこちらに設けられている。

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*メスキータのなかのキリスト像

ところでこのカルロス1世、メスキータの大改築(多くの柱を撤去、中心部に巨大な祭壇を設置した)を行って後、こういって嘆いてみせたという。「あなたたちは世界唯一のものを壊し、ありふれたものを据え付けた。美しいカテドラル(大聖堂)は数多くあるが、コルドバのモスクはかつて比類なきものだったのに」 

命じた本人が何をいっているのかとは思うが、そう感じるのは生きる時代も信仰も異なる者ゆえなのか。とはいえ、このエピソードはこの王がサイコパスだった可能性を示唆しているようにも思われる。まあ、名を残すような王は程度の差こそあれ皆サイコパシックとみてよいのかもしれない。

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*ステンドグラスを通して射し込む光

ところで、イスラム教圏でモスクを訪れるたびに思うのだが、このつくりは神の世界を表現しようとしてのものなのではないか。空間芸術とでも呼ぶべきわざだと感じる。美しくも荘厳なモスクは好むところである。ひとり旅であれば半日くらいぼーっとして過ごすことだろう。

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イスラム教とキリスト教の融合

ところで前日訪れたセビージャのカテドラルも壮大で荘厳なつくりなのだがモスクに比べるとどうしても説教くさく感じてしまう。比較するものでもないのだが。それとも僕が単にアラビア文字を解さないからそう感じるだけなのか。アラビア文字が読めない僕には、コーランの文言が記されてあったとしてもただの美しい文様にしか見えない。

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*外に出ればアンダルシアの強烈な日差しが待っている