楽しい投資研究所の旅日記

楽しい投資研究所 www.1toushi.com からの出張Blogです。

黒海上空の未確認飛行物体のこと

黒海上空 2018

2018年の9月、カタールのドーハからスペインのバルセロナに向けての移動中、カタール航空機内でこんなメモを書いた。

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2018.09.11 11:03(スペイン時間)、ドーハからバルセロナに向かう途中の黒海上空、イスタンブル方向。

白い雲のような球に近い物体(?)進行方向とは逆方向に飛んでいる。手前に浮かぶ雲かと思ったがそれにしては移動速度が速い。

ちょっと奇妙だなと眺めていると、下方に複数の光線を照射しながらすーっと消えていった。

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このとき見たものの正体は不明である。

飛行機に並走して飛んでいた、雲のような小さなふわふわしたもの。何なのだろうと思いつつ、軽い違和感とともに見ていた。一見、雲のようだが雲ではないような。それが少しずつ尾翼の方へ流れてゆき、ここで驚いたのだが、下方に光を照射しながら消えていった。この光は予想外だった。

 

ベルリン上空 2017

その前の年(2017年)、ドイツのベルリンで泊まったホテルのジムの窓から奇妙な3つの飛行(浮遊)物体を見た。立方体というか四角錐を2つ重ね合わせたような、横から見るとほぼ正方形で金属質のもの。それらがティアガルテン(国立公園)の上空に浮かび、遅い陽の日差しを受けて輝いていた。

金属質なそれらはゆっくりと回転しながら上昇してゆき、視界から消えた。ドローンかとも思ったがそのような形状のドローンは見たことがない(そもそもプロペラを視認できなかった)。確認できないという意味では未確認飛行物体そのものである。

 

検討

あれは何だったのかという疑問もあって、あるとき『スペース ピープル』(秋山眞人著)という本を手にとった。著者の秋山氏いわく、明確な交信を受けた際、必ずといって良いほど近くに小型のいわゆるUFOが近づいているのだという。そしてそういうものは、想念の影響を受けるのだとも。見ているだけでくにゃくにゃするとか。

自分が黒海の上空で見た雲のような浮遊物体が、こちらが見つめているうちに光を照射しながら消えていったのは、僕の想念の影響を受けたせいなのか。

結論としては、やはり何だかわからないという他ないのだが、このところ米軍関係者の間でこういうものとの遭遇例が増えているといい、先日、米国防総省がUFO調査のタスクフォースを正式に発足させたりしていたので、こんなことも書いてみた。

 

参考記事 (CNN)

CNN.co.jp : 米国防総省、UFO調査の作業部会を新設

 

追記:表参道 上空 2016

そういえば、2016年の9月、表参道で何気なく撮った写真の空に、光の列が写った。仕事帰りになんとなく撮ったものなのだが、後で見返してなんだこれはと戸惑った。

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*表参道の夜空に列なす光(写真中央やや上)

 

電飾的な何かだろうかと日中、改めて確認したのだがそういうものは見当たらなかった。数年の間、謎だったのだが、ある日、米スペースX社が打ち上げた衛星群スターリンクの存在を知った。なんだこれか。そりゃそうだ、列なすUFOなぞ、そうそう撮れるものではない。

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*拡大写真

 

僕にはこういう冷静な面もあるのだということを示すつもりでこの追記を書き始めたのだが、よく調べてみればスターリンク プロジェクトの発足は2015年で、初の試作衛星打ち上げは2018年以降なのだとついさっき知った。じゃあこれは何なのか?謎に戻った。

 

神殺しの意味

メドゥーサといえば、恐ろしげな風貌の怪物というイメージが強い。数年前、トルコとオーストリアを訪れた際に複数回みた。

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*柱石にされたメドゥーサ(イスタンブル, 地下宮殿, 2015年9月)

 

ギリシア神話のなかでメドゥーサは、ペルセウスに首を斬り落とされ、その血はアテナに献上された。

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ルーベンスの『メドゥーサの頭部』(ウィーン, 美術史博物館, 2015年10月)

 

メドゥーサはそもそも怪物ではない。それどころか、アナトリア半島で崇められていた美貌の女神、主神のひと柱だった。しかもその伝承は、古代ギリシアの神話よりもふるい。

古代ギリシア人は、アナトリアを征服する際に、戦略の一環としてその地の神々を殺したのではないか。神殺しが意図的に行われたのではないか。トルコを訪れた際、そんなことを思った。

ところで今、『現代語 古事記』(竹田恒泰著)https://amzn.to/3bcIL96 を読んでいるのだが、アーノルド・トインビーという歴史学者は「12、13歳くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」といったという。第二次世界大戦後、日本が「連合国の占領統治下にあったとき、古事記日本書紀は学ぶに値しないものとされ、それどころか軍国主義に向かった元凶とされ、さも有害図書であるかのような扱いさえ受けた」という。

この箇所を読んだとき、数年前に訪れたイスタンブルとウィーンで見たメドゥーサの姿を思い出した。民族を滅ぼすあるいは無力化する方策として、神を殺すという手法は今も生きているのかもしれない。

 

プノンペン滞在記

初めてカンボジアを訪れた。仕事で1週間、プノンペンに滞在する。

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※バイクが多い

日本人はビザが要る。プノンペン国際空港に到着してから申請、すぐに発行された。普通ビザは申請手数料35ドル(USドルなのだ)、観光ビザなら30ドルである。空港を出て車で移動するのだが、クライアントさんがチャーターしてくれていたバンがどこにもいない。現地のドライバーが忘れて寝ていたらしい。電話したら今日は勘弁してくれないかといわれたとかなんとか。到着早々いい感じである。

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※手待ちの時間

しばらくして現れたドライバーは上機嫌ないい笑顔をしていた。なにはともあれコミュニケーションのなかで微笑みは大切にして良いものだと思い出させてくれるのが東南アジアの人々である。滞在期間中はたいへんお世話になった。

プノンペン市内の道は溢れかえるようなバイクの群れである。車も多い。渋滞が日常化している。

ところでバイクも車も日本製が席巻している。ぱっと見バイクは9割方ホンダ、車も8〜9割はトヨタであった。日本が寄贈したと見られるバスもたまに見かける。最近は中国寄贈のバスも稼働しているようだ。空港近辺で見た。

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※朝から身動きが取れなくなる

政府が市民へ市内の移動には公共交通機関を使うようにと呼びかけたという記事がプノンペン ポスト紙にあった。しかしプノンペン市民は個人の車移動、バイク移動を好むのか、公共交通機関を利用している人をあまり見ない。そもそも市内を走る電車はないしバスも多くはないのでしようがないのかもしれない。

渋滞による移動時間とエネルギーのロス、それに事故のリスクも考えればとてつもなく大きな負担である。もし整備するとしたらモノレールがもっとも現実的だろうか。市内の交通手段の整備がとても大切であるように思えた。

カンボジアでは子供たちにアメを配ろうとキャンディを持参したのだが、プノンペンで見かける子供たちはみな小綺麗な服を着て大人たちに可愛がられていて、アメを上げられるような機会がまったくない。それを一緒に来ている友人に話したところ、庄司さんそれ30年前のイメージですよとたしなめられた。

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※30年前はいいすぎではないか。

現地の新聞を読みたいなと思って空港でプノンペン ポスト紙を買った。カンボジアでは現地の通貨リエルよりもUSドルの方が流通量が多いという話を今回立ち寄った会計事務所で教えてもらった。街中では普通にドルで買い物ができる。しかしコインは流通していないので、お釣りはリエルで返ってくる。

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※お札の数字が大きくて驚くが1ドルは4000リエルで換算する

新聞のお釣りにリエルをもらっても困るなと向かいのスタバでリエルを使った。ユアネーム?と問われてショウジと伝えたら、ああショウジねといいながらスシと書かれた。

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※ミスター・スシとは

朝のメコン川メコンとはサンスクリット語由来の偉大な川の意らしい。どうりで荘厳である。

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※クメール文明を育んだ川

滞在中は毎朝メコン川を眺めながらフォーを食べた。滞在した宿はホテル エミオン。プライベートでも使いたいくらい感じの良いホテルであった。またクライアントさんには食事にもいろいろ連れて行ってもらったのだが、すべてが美味で、プノンペン駐在の男性もこちらは食事に困らないのですという。

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※食べもののレベルが高い

プノンペンには中国資本の流入が凄まじくこんな状況がいつまでも続くわけがないと現地の人々も懸念を抱くレベルである。中国の建設会社が主導する巨大な不動産開発プロジェクトをプノンペン市内のあちこちで見た。

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※夜のプノンペン

話は変わるが、クライアントさんに連れて行ってもらった日本風居酒屋シャングリラがレベル高くて驚いた。唐揚げもラーメンもいちいちうまい。最近は2号店もできたらしくそちらの方が規模も大きく駐在員に人気だそうだ。こちらの人は略してシャンツーというらしい。いきなり中国語じみてきたなと思った。

プノンペン市内から空港へ向かうときが凄かった。なかなか空港にたどり着けない。原付に家族4人が乗っていたりするのを見ると勝手にひとりひやひやしたりするのだがみなさん慣れたものである。背景に建設中の中国資本による超巨大プロジェクトが見える。

※↓プノンペン市内から空港へ向かうときの動画

せっかくのカンボジア訪問、アンコールワットも合わせて訪れたいところなのだが翌週も週の頭からいろいろあって諦めた。アンコールワットは次の機会にとっておく。

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※これはふらりと立ち寄ったカジノにて

 

高台寺で北政所ねねを想う

高台寺、圓徳院、掌美術館を訪れた。

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京都・東山にある、豊臣秀吉正室・ねねゆかりの寺であり住居跡である。縦横に走る細い路地がねねの小径と称されてきれいに整備されていて、今もこの地の人たちに慕われているのだなあと感銘を受ける。

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北政所と呼ばれた。従一位。秀吉の死後、僧籍に入り尼さんになった。法名高台院

司馬遼太郎の本で読んだ。新史太閤記関ヶ原、城塞、豊臣家の人々と、司馬氏はかなりの頁数をこの女性に割いている。とても賢く豪気なひとであったらしい。司馬氏の小説では徳川家康と親密な関係にあったように表現されていて実際、高台寺建立も家康の後援のもとなされたのだが、最近では両者は実はそれほど親しい間柄でもなかったようだという研究者もいる。

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高台寺の敷地内でお抹茶をいただく。茶菓がついて五百円。お茶と引き換えに代金を支払うシステム。白人男性がひとり我々の後に入ってきた。あずまやの女将は最初丁寧な英語で話しかけていたようだがうまく通じなかったようで、改めて”Pay now”とストレートな表現で代金を受け取っていた。あ、それでいいんだ。勉強になる。

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京都の人々は庭師さんまで流暢な英語を話す。外国人観光客の数がものすごく多いせいだろう。久方ぶりに来てみれば、京都はすさまじいばかりの国際都市になっていた。

 

気の休まらぬ旅人の話

遠くへ旅に出かけると、いつ何どき困難が降りかかってくるかしれない。気を抜けばすぐに何か好ましくないことが起きる。気の休まる暇がない。

それでも楽しくて仕方のないのが旅である。なんなのだこの未知にあふれた世界は。

帰路はさすがに緊張の糸が緩むのか、多幸感から涙が溢れそうになる。小さい頃からの夢だった遠く地球の裏側へも至る旅。こんなに幸せでいいのか。もちろんいいのだ。

しかしお家に着くまでが遠足である。たとえ成田に着いても油断するのは時期尚早である。

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旅に耽溺すまじきこと

旅に溺れてはならない。旅は日常生活に活かしてこそ。稽古と同じだ。日常のなかで活かせてこそ意味がある。そうして初めて旅に価値が生まれる。だから旅そのものが目的にはなりえない。旅を通じて何を欲するのか。旅は手段に過ぎないのであって、何を目的とするかが大問題である。

と、ここまで書いておいてなんだが、人生には果たすべき目的があると感じるのもどうやら手前勝手な思い込みに過ぎない。そもそも人生に初めから組み込まれている目的なぞありはしないという考え方で自分的にはファイナルアンサーである。

日々の慌ただしさのなかに心身をすり減らしていてはそんなことを考える余裕すらなくなってしまう。目の前の雑事から離れられるというのもまた、旅が与えてくれる貴重な機会である。こういうことに思い至れるのもまた旅の効用であろうと思う。

旅に溺れてはならないが、旅はそれだけでもやはり楽しい。

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アルハンブラ宮殿, グラナダ, 2018年9月)

旅に伴う為替リスクのこと

(※2018年9〜10月 スペインを訪れたときのお話です)

クレジットカード決済は便利でもはや不可欠なものなのだが、外貨決済の場合、適用されるレートがどの程度になるのか見当もつかないところが怖い。

今回、現地で使用するユーロの現金は東京で、1ユーロ130円未満で調達できた。こちらは満足である。

航空会社はカタール航空を利用した。予約の手段は現実問題、クレジットカード一択という他ない。

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カタールのドーハ、ハマド国際空港のマスコットキャラ「ランプベア」(ドーハ 2018年10月)

ホテルは出国の半年前に予約を済ませた。宿の予約はやはりBooking.comが好みである。ただ確定させた宿泊代金はユーロ建てだ。つまり為替変動リスクをこちらがそっくり背負うことになる。

これを何とかヘッジできないか。そこで証券会社の口座を使い、ユーロを買っておいた。

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*Booking.com の本社(アムステルダム 2017年6月)

もしユーロが上がれば(円安になれば)ホテル代は円貨ベースで高くなるがその分、保有するユーロも高くなっているはずなのでそれを売って得られる差益である程度相殺できるだろうという算段である。

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バルセロナの宿カサ・キャンパーで供されたスープ。いつでももらえる(バルセロナ 2018年9月)

予約した当時は円が弱くなりそうな気配があったので祈って済ませるわけにはいかなかったのだ。

そしてふたを開けてみればまあまあの円安といったところである。

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グラナダの宿ユーロスターズの朝食レストラン。すぐ満席になる(グラナダ 2018年9月)

それにしても、カード決済に適用されるレートが高い。バルセロナグラナダのホテル代金に適用されたレートは1ユーロ135円前後であった。ちなみにこのとき、市場レートは132円程度である。

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サグラダファミリア、堂内で天井を見上げる(バルセロナ 2018年9月)

サグラダ ファミリアの観覧料金も予約の際、カードで支払った。こちらの決済レートは1ユーロ131円だった。為替の動きちょっと激し過ぎである。

怖いのは為替市場かそれとも決済会社か。

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*メスキータの入場チケットは現金で買った。できる限りキャッシュで払いたい(コルドバ 2018年9月)

口座で持っているユーロは128円程度で買えている。出国時点でそこそこの為替差益を手にしていたわけだが、いくら安く買えたからといっても、売り買いのスプレッド分はのしかかってくるわけで、証券会社やカード会社の客でいる限りそういうものである。

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アルハンブラ宮殿の入場チケットはカード決済(グラナダ 2018年9月)

痛感させられるのは、決済会社はいい商売をしているなあということだ。ここから得られる教訓とは何か?

決済を業とする会社を所有せよ

である。