楽しい投資研究所の旅日記

楽しい投資研究所 www.1toushi.com からの出張Blogです。

ウィーン旅行記 - ウィーン国際空港へ

f:id:shojig:20151014182210j:plain

  • 帰国の日、初めて雨に降られた。空港へ向かうために、ウィーン市内のホテル(K+Kマリア・テレジア)でタクシーを呼んでもらう。ホテルに現れたのは細身の気の良さそうな、少々気弱そうにも見える若いドライバーだった。
  • ドライバーは、ふんっと鼻を鳴らしつつスーツケースをトランクに運び入れてくれた。空港までは約20km。タクシーメーターは回さないんだなーと思いつつ、車は走る。
  • 30分後、空港に着いた。いくら?と訊ねるとドライバー君は3秒ほど間を置いて後、「42ユーロ」と答えた。
  • ガイドブックには40ユーロ前後が目安と書いてあったので妥当な水準である。チップを加えて46ユーロを手渡した。ドライバー君はお釣りを渡そうと小銭袋を開くので、お釣りは取っておいて、と伝えたところ、「ダンケ!」と満面の笑みで応えた。もしかして42ユーロはチップを加えた金額だったのだろうか?しかし、きちんと送り届けてくれたし、感じも良かったのでまったく問題はない。

ウィーン旅行記 - 美術史博物館のベラスケス

f:id:shojig:20151014174649j:plain

  • 美術史博物館。ベラスケスの画を初めて観た。魅力的な画であった。
  • ディエゴ・ベラスケスは超絶技巧の持ち主で、ピカソが手本にした画家だったと聞いた。7年前、バルセロナにあるピカソ美術館を訪れたとき、ベラスケスのラス・メニーナスをなぐり描きしたような画が大量に展示してあって(オマージュというのだろうか)、ひょっとして芸術を舐めてるのかな?とピカソからは足が遠のいていた。今なら少しピカソの気持ちが分かるかもしれない。
  • ベラスケスは、スペイン王のフェリペ4世に気に入られて宮廷画家となり、官吏としても取り立てられ、王宮配室長(官吏最高位)まで上りつめた。
  • 享年61歳。最期は過労死だったと伝えられている。

ウィーン旅行記 - 国立オペラ座

f:id:shojig:20151014172150j:plain

オペラ座の外観。夜はライトアップされる。

  • 国立オペラ座でバレエ「ドン・キホーテ」を観劇。せっかくだからと一階席を予約した。一人92ユーロ。
  • バレエは初めて観る。初の観劇がウィーンの国立オペラ座なのだからぜいたくな話ではある。
  • この日のためだけにジャケットとネクタイを持参した。

f:id:shojig:20151014172351j:plain

オペラ座内部。いちいち画になる造り。

  • 19時開演の演目だったが開場は18時過ぎであった。早く着き過ぎて30分ほど門前で待った。
  • バレエをやっているらしき母娘が僕たちの前に並んでいて(花束を手にしているあたり、出演者の関係者だろう)、入場後は娘さんが良い席に座ってお母さんは立ち見席にいた。だから早目に来て並んでいたのだと思う。立ち見席の真ん中最前列に陣取っていた。

f:id:shojig:20151014172531j:plain

三階まで吹き抜け。館内に控えている案内係の人たちが親切であった。

  • 館内でひとりの日本人紳士と知り合う。楽友会で二度、オペラ座で一度、すでに観たという。オペラ座のガイドツアーはお薦めだとのこと。作曲家の彫像のあるフロアがすばらしいのだと案内してくれた。ウィーンまでひとり旅し、音楽漬けの日々を送っている初老の人。英語は苦手といっていた。今夜の席は5月に予約したのだとか。観劇してスイーツを食べて、楽しそうだ。良い生き方をしているひとだと思った。

f:id:shojig:20151014172926j:plain

舞台すぐ横の席は舞台が見えなかったりする。なぜそんな造りなのか。

  • 上演中は撮影禁止。幕間やカーテンコールのときは撮影可(らしい)。上演時間も終わりが近くなった頃、左前方の席の客がスマホを掲げて舞台を撮影している。何度もそうやって撮影している。マナー違反であろうし、後ろの観客はたまったものではなかろうと思う。おそらく日本人ではないだろうがアジア人ではなかろうか。同じアジア人として恥ずかしい、と思ったのだが、よく見れば欧米人の中年女性であった。アジアの同胞をわずかなりとも疑ってしまって申し訳ない。

f:id:shojig:20151014172752j:plain

幕間にワインが飲める。高くはない。

  • 21時45分終演。タクシーを捕まえるべきかと悩んだが、他の観客たちの流れに乗って、歩いて帰った。
  • 手を引かれた小さな女の子がバレリーナをまねてジャンプしつつ歩いていて可愛かった。

f:id:shojig:20151014173040j:plain

カーテンコール(というのだと思う)

  • ホテルまで約20分の道のり。人通りは多くはない。けれど女性がひとりジョギングしていたり、危険はまったく感じられなかった(薄暗い道は避けたが)。ウィーンは治安の良い街と聞いていたがその通りだと思った。

ウィーン旅行記 - メドゥーサに二度会う

f:id:shojig:20151014165837j:plain

  • ウィーンの美術史博物館には、ルーベンスの画が多かった。ハプスブルク家の当主たちはルーベンスを好んだもようである。なかでも「メドゥーサの頭部」が毒々しくてリアルで、とても良かった。家に飾るのは不向きだろうけれど、体の芯に響いて来るような迫力を感じた。これが本物か。

f:id:shojig:20151014165921j:plain

  • そういえば、イスタンブルの地下宮殿(古代ローマ時代の貯水池)では、石柱を支えるメドゥ―サの頭部(逆さと横向き)を見た。

f:id:shojig:20151014170111j:plain

  • 神話によればメドゥーサは美しい娘だったが、嫉妬に駆られた神アテナの呪いを受け、毒蛇の髪を持つ忌まわしい姿に変えられた。その視線には見た者を石に変える魔力を宿すようになり、最後は首を刎ねられ殺された。
  • そういえば、地中海沿岸の人々は、ひとの悪意ある視線を畏れてナザール・ボンジュウをつくった。

f:id:shojig:20151014170213j:plain

  • 旅先で二度メドゥーサに出逢った。なにか意味があるのかしらと、少しばかり考えさせられた。

ザルツブルク旅行記 - 天才音楽家の晩年のこと

f:id:shojig:20151014002404j:plain

ザルツブルクの人口は約15万人。この地方都市に、年間900万人が訪れるのだと聞いた。見どころはいろいろあるのだけれど、モーツァルトゆかりのものは明らかに目玉である。すごい経済効果だ。
しかしモーツァルトの晩年は(といっても35歳なのだが)、経済的に楽なものではなかった。今は墓の場所すら明らかではない。

ザルツブルク旅行記 - モーツァルト生家

f:id:shojig:20151014002123j:plain

もう少し良い写真も撮れたはずなのだが

モーツァルトの生家(当時は賃貸アパート)。ここザルツブルクは、音楽を志した人たちにとっては巡礼すべき聖地のような街になっているのだと聞いた。モーツァルトが生まれ育ったということが重要な観光資源になっている。

オーストリアの犬たち

オーストリアザルツブルクに入った。イスタンブルから空路で2時間半。空港の到着ロビーには犬が多かった。うわこんなところにも野良犬が、と一瞬思ったが、身許の明らかな飼い犬(お出迎え)であった。尻尾をぶんぶん振って、お目当てのご主人に鼻を鳴らして甘えていてかわいかった。