楽しい投資研究所の旅日記

楽しい投資研究所 www.1toushi.com からの出張Blogです。

プノンペン滞在記

初めてカンボジアを訪れた。仕事で1週間、プノンペンに滞在する。

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※バイクが多い

日本人はビザが要る。プノンペン国際空港に到着してから申請、すぐに発行された。普通ビザは申請手数料35ドル(USドルなのだ)、観光ビザなら30ドルである。空港を出て車で移動するのだが、クライアントさんがチャーターしてくれていたバンがどこにもいない。現地のドライバーが忘れて寝ていたらしい。電話したら今日は勘弁してくれないかといわれたとかなんとか。到着早々いい感じである。

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※手待ちの時間

しばらくして現れたドライバーは上機嫌ないい笑顔をしていた。なにはともあれコミュニケーションのなかで微笑みは大切にして良いものだと思い出させてくれるのが東南アジアの人々である。滞在期間中はたいへんお世話になった。

プノンペン市内の道は溢れかえるようなバイクの群れである。車も多い。渋滞が日常化している。

ところでバイクも車も日本製が席巻している。ぱっと見バイクは9割方ホンダ、車も8〜9割はトヨタであった。日本が寄贈したと見られるバスもたまに見かける。最近は中国寄贈のバスも稼働しているようだ。空港近辺で見た。

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※朝から身動きが取れなくなる

政府が市民へ市内の移動には公共交通機関を使うようにと呼びかけたという記事がプノンペン ポスト紙にあった。しかしプノンペン市民は個人の車移動、バイク移動を好むのか、公共交通機関を利用している人をあまり見ない。そもそも市内を走る電車はないしバスも多くはないのでしようがないのかもしれない。

渋滞による移動時間とエネルギーのロス、それに事故のリスクも考えればとてつもなく大きな負担である。もし整備するとしたらモノレールがもっとも現実的だろうか。市内の交通手段の整備がとても大切であるように思えた。

カンボジアでは子供たちにアメを配ろうとキャンディを持参したのだが、プノンペンで見かける子供たちはみな小綺麗な服を着て大人たちに可愛がられていて、アメを上げられるような機会がまったくない。それを一緒に来ている友人に話したところ、庄司さんそれ30年前のイメージですよとたしなめられた。

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※持参したペコちゃん

現地の新聞を読みたいなと思って空港でプノンペン ポスト紙を買った。カンボジアでは現地の通貨リエルよりもUSドルの方が流通量が多いという話を今回立ち寄った会計事務所で教えてもらった。街中では普通にドルで買い物ができる。しかしコインは流通していないので、お釣りはリエルで返ってくる。

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※お札の数字が大きくて驚くが1ドルは4000リエルで換算する

新聞のお釣りにリエルをもらっても困るなと向かいのスタバでリエルを使った。ユアネーム?と問われてショウジと伝えたら、ああショウジねといいながらスシと書かれた。

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※ミスター・スシとは

朝のメコン川メコンとはサンスクリット語由来の偉大な川の意らしい。どうりで荘厳である。

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※クメール文明を育んだ川

滞在中は毎朝メコン川を眺めながらフォーを食べた。滞在した宿はホテル エミオン。プライベートでも使いたいくらい感じの良いホテルであった。またクライアントさんには食事にもいろいろ連れて行ってもらったのだが、すべてが美味で、プノンペン駐在の男性もこちらは食事に困らないのですという。

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※食べもののレベルが高い

プノンペンには中国資本の流入が凄まじくこんな状況がいつまでも続くわけがないと現地の人々も懸念を抱くレベルである。中国の建設会社が主導する巨大な不動産開発プロジェクトをプノンペン市内のあちこちで見た。

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※夜のプノンペン

話は変わるが、クライアントさんに連れて行ってもらった日本風居酒屋シャングリラがレベル高くて驚いた。唐揚げもラーメンもいちいちうまい。最近は2号店もできたらしくそちらの方が規模も大きく駐在員に人気だそうだ。こちらの人は略してシャンツーというらしい。いきなり中国語じみてきたなと思った。

プノンペン市内から空港へ向かうときが凄かった。なかなか空港にたどり着けない。原付に家族4人が乗っていたりするのを見ると勝手にひとりひやひやしたりするのだがみなさん慣れたものである。背景に建設中の中国資本による超巨大プロジェクトが見える。

※↓プノンペン市内から空港へ向かうときの動画

せっかくのカンボジア訪問、アンコールワットも合わせて訪れたいところなのだが翌週も週の頭からいろいろあって諦めた。アンコールワットは次の機会にとっておく。

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※これはふらりと立ち寄ったカジノにて

 

高台寺で北政所ねねを想う

高台寺、圓徳院、掌美術館を訪れた。

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京都・東山にある、豊臣秀吉正室・ねねゆかりの寺であり住居跡である。縦横に走る細い路地がねねの小径と称されてきれいに整備されていて、今もこの地の人たちに慕われているのだなあと感銘を受ける。

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北政所と呼ばれた。従一位。秀吉の死後、僧籍に入り尼さんになった。法名高台院

司馬遼太郎の本で読んだ。新史太閤記関ヶ原、城塞、豊臣家の人々と、司馬氏はかなりの頁数をこの女性に割いている。とても賢く豪気なひとであったらしい。司馬氏の小説では徳川家康と親密な関係にあったように表現されていて実際、高台寺建立も家康の後援のもとなされたのだが、最近では両者は実はそれほど親しい間柄でもなかったようだという研究者もいる。

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高台寺の敷地内でお抹茶をいただく。茶菓がついて五百円。お茶と引き換えに代金を支払うシステム。白人男性がひとり我々の後に入ってきた。あずまやの女将は最初丁寧な英語で話しかけていたようだがうまく通じなかったようで、改めて”Pay now”とストレートな表現で代金を受け取っていた。勉強になる。

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京都の人々は庭師さんまで流暢な英語を話す。外国人観光客の数がものすごく多いせいだろう。久方ぶりに来てみれば、京都はすさまじいばかりの国際都市になっていた。

 

気の休まらぬ旅人の話

遠くへ旅に出かけると、いつ何どき困難が降りかかってくるかしれない。気を抜けばすぐに何か好ましくないことが起きる。気の休まる暇がない。

それでも楽しくて仕方のないのが旅である。なんなのだこの未知にあふれた世界は。

帰路はさすがに緊張の糸が緩むのか、多幸感から涙が溢れそうになる。小さい頃からの夢だった遠く地球の裏側へも至る旅。こんなに幸せでいいのか。もちろんいいのだ。

しかしお家に着くまでが遠足である。たとえ成田に着いても油断するのは時期尚早である。

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旅に耽溺すまじきこと

旅に溺れてはならない。旅は日常生活に活かしてこそ。稽古と同じだ。日常のなかで活かせてこそ意味がある。そうして初めて旅に価値が生まれる。だから旅そのものが目的にはなりえない。旅を通じて何を欲するのか。旅は手段に過ぎないのであって、何を目的とするかが大問題である。

と、ここまで書いておいてなんだが、人生には果たすべき目的があると感じるのもどうやら手前勝手な思い込みに過ぎない。そもそも人生に初めから組み込まれている目的なぞありはしないという考え方で自分的にはファイナルアンサーである。

日々の慌ただしさのなかに心身をすり減らしていてはそんなことを考える余裕すらなくなってしまう。目の前の雑事から離れられるというのもまた、旅が与えてくれる貴重な機会である。こういうことに思い至れるのもまた旅の効用であろうと思う。

旅に溺れてはならないが、旅はそれだけでもやはり楽しい。

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アルハンブラ宮殿, グラナダ, 2018年9月)

旅に伴う為替リスクのこと

(※2018年9〜10月 スペインを訪れたときのお話です)

クレジットカード決済は便利でもはや不可欠なものなのだが、外貨決済の場合、適用されるレートがどの程度になるのか見当もつかないところが怖い。

今回、現地で使用するユーロの現金は東京で、1ユーロ130円未満で調達できた。こちらは満足である。

航空会社はカタール航空を利用した。予約の手段は現実問題、クレジットカード一択という他ない。

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カタールのドーハ、ハマド国際空港のマスコットキャラ「ランプベア」(ドーハ 2018年10月)

ホテルは出国の半年前に予約を済ませた。宿の予約はやはりBooking.comが好みである。ただ確定させた宿泊代金はユーロ建てだ。つまり為替変動リスクをこちらがそっくり背負うことになる。

これを何とかヘッジできないか。そこで証券会社の口座を使い、ユーロを買っておいた。

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*Booking.com の本社(アムステルダム 2017年6月)

もしユーロが上がれば(円安になれば)ホテル代は円貨ベースで高くなるがその分、保有するユーロも高くなっているはずなのでそれを売って得られる差益である程度相殺できるだろうという算段である。

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バルセロナの宿カサ・キャンパーで供されたスープ。いつでももらえる(バルセロナ 2018年9月)

予約した当時は円が弱くなりそうな気配があったので祈って済ませるわけにはいかなかったのだ。

そしてふたを開けてみればまあまあの円安といったところである。

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グラナダの宿ユーロスターズの朝食レストラン。すぐ満席になる(グラナダ 2018年9月)

それにしても、カード決済に適用されるレートが高い。バルセロナグラナダのホテル代金に適用されたレートは1ユーロ135円前後であった。ちなみにこのとき、市場レートは132円程度である。

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サグラダファミリア、堂内で天井を見上げる(バルセロナ 2018年9月)

サグラダ ファミリアの観覧料金も予約の際、カードで支払った。こちらの決済レートは1ユーロ131円だった。為替の動きちょっと激し過ぎである。

怖いのは為替市場かそれとも決済会社か。

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*メスキータの入場チケットは現金で買った。できる限りキャッシュで払いたい(コルドバ 2018年9月)

口座で持っているユーロは128円程度で買えている。出国時点でそこそこの為替差益を手にしていたわけだが、いくら安く買えたからといっても、売り買いのスプレッド分はのしかかってくるわけで、証券会社やカード会社の客でいる限りそういうものである。

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アルハンブラ宮殿の入場チケットはカード決済(グラナダ 2018年9月)

痛感させられるのは、決済会社はいい商売をしているなあということだ。ここから得られる教訓とは何か?

決済を業とする会社を所有せよ

である。

 

トレドを訪れる際、注意すべきたったひとつのこと

(※トレド 2018年9月)

トレドを訪れた。マドリードから高速鉄道で32分。

スペインを一日だけ訪れることができるというのなら迷わずトレドへ行け、ともいわれる都市。旧市街全体が世界遺産である。画家エル グレコが生涯の大部分をこの街で過ごした。

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*アルカンタラ橋からアルカサルを見上げる

トレドは昔、西ゴート王国の首都。スペインが統一されてからも中心都市のひとつだったが、スペイン・ハプスブルク王朝最盛期の王、フェリペ2世がマドリードに遷都して後、その存在感はゆるやかに衰えていった。

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*旧市街へ通じる門(この後、急坂が続く)

今回のトレド行は日帰りだったので、カテドラルとサンタ クルス美術館を訪れるのみという限られた旅程となった。

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*カテドラル(トレド大聖堂

カテドラルのなかの聖具室はさながらギャラリーである。バチカンのシスティナ礼拝堂を思い起こさせる造りでもある。目玉はエル グレコの『聖衣剥奪』だが、カラヴァッジョやゴヤも展示(?)されている。

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*聖具室。奥にエル グレコ『聖衣剥奪』

サンタ クルス美術館は元慈善施設の建物を用いている。展示室の構成がその名のとおり十字形である。絵画と彫刻を鑑賞して後、パティオ(中庭)も見学できる。

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*サンタ クルス美術館

ここで要注意なのは、中庭へ出る扉が一方通行で、館内に戻ること不可な点である。

僕は館内でおとなしくリベーラの画を観ているから先に中庭を見ておいでよと(ホセ デ リベーラは今回のスペイン行で好きになった画家の方のひとり)、家内を先に行かせたところ彼女は戻れなくなり、僕は知らずひとり沈思黙考の時間を楽しめたのだが、その後軽くけんかする羽目になった。ご注意願いたい。

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*トレド駅はかわいらしい造りであった

 

旅する理由と世界を支配した人々のこと

(※2018年10月 帰路 カタールのドーハにて)

旅をする理由について

ジム ロジャーズは、投資で成功する秘訣はと問われて歴史を学べといった。世界をありのままに理解するように努めよと。だから僕は旅をする。

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バルセロナ港(2018年9月)

旅は頭でするものだと思う。

旅は準備するところから始まっており、むしろ準備しているときが実は最も重要な旅の時間であるといえ、そして帰国したからといって終わるものでもない。

その地の歴史、地理、言語、思考の様式。実際に訪れて見て初めてわかることがある。というかそういうことばかりである。

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*サグラダ ファミリアとバルセロナの空(2018年9月)

実際に訪ねてみればそこは想像を超えた未知の国である。自分でも驚くくらいに好奇心が刺激される。旅先でその地のものを食べ、そこに住み働いている人と話し、その地の誇りとするものを見聞きする。どこまでも深い世界がそこにはある。

今回はスペインを訪れた。滞在したのはバルセロナグラナダ、セビージャ、マドリードである。コルドバとトレドにも足を伸ばした。現地22泊の旅程である。さすがに日本が(正確には日本の食が、特にラーメン二郎が)恋しくなった。今カタールのドーハでこれを書いている(※) 。

 ※この記事は、2018年10月5日配信の楽しい投資ニュースレターを基に加筆したものです。

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*ハマド国際空港(ドーハ 2018年10月)

都市が発展する条件について

それぞれの都市には特有の色があり、同じ国だからといって同質性を保っているかというとそうではない。むしろ国家の成立が後に来るのが普通であって、同じ国だからと同質性を求める方が不自然な歪みをもたらす。国家とは案外、不自然な存在であり概念であるといえる。

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カタルーニャ美術館バルセロナ 2018年9月)

このことは今回スペインを訪れて強く感じたことでもある。カタルーニャ独立運動に現れるスペイン中央政府への反発は根が深く、フランコ政権時代の弾圧もそうだが同地の人々の怨嗟の思いの根はさらに古い。

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カタルーニャ州旗がいたるところに掲げられている(バルセロナ 2018年9月)

同じ国でも豊かな地域と貧しい地域がある。一定規模以上に発展する都市には特長というか条件があって、その第一が外部者に対する寛容さといえそうだ。インフラの整備、アクセスのしやすさも大事だがどうやらそれは二の次である。

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グラナダの街路・カテドラル沿い

その地を統治する者の考え方、方針が決定的に重要であって、それによって外からどのような人々が集まってくるかが決まる。

大切なのは寛容な政策を掲げる統治者、商売・金儲けのしやすさ、強い軍事力、治安維持能力、統率力。統治者が優しく善良なだけでは繁栄を維持することはできない。住みやすさを維持するためには統治の厳しさも必要といえる。 

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オラニエ公ウィレム "オランダ独立の父"(ティッセン=ボルネミッサ美術館, マドリード 2018年9月)

価値を生み出すのは人であり、資源の有無は(あるに越したことはないのだが)二の次である。優れた人々の集まる都市が発展を遂げる。

さらにいえば外部要因も結構大事で、居住に困難を覚えた人々が新天地を求めるタイミングで外国人にも寛容だった都市に多くの人々が一挙に集まった。迫害を受けた人々が温かく受け入れてくれる地を求めて移動する。このことは昨年アムステルダムを訪れたときに強く感じたことでもある。

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アムステルダムの運河沿い(2017年6月)

多様な集団のなかに生じる問題とその解決策について

新たに人が集まれば軋轢も生じようがそれは当然の摩擦である。仕事でもなんでもそうなのだが多くの場合はコミュニケーションが鍵である。思うに起きる問題は9割方コミュニケーションの問題であって、コミュニケーションの不足が誤解や疑心暗鬼を招き、それがこじれて大きな問題に発展もする。

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*3年前、難民受け入れを巡ってのデモを見る(ウィーン 2015年9月)

個人の間では距離感も鍵である。適切な距離を置くこと。異質な考え方・異質な行動様式の人々が身近にいたとしても、上手に距離を置いて接することで大抵のことは克服できるように感じる。やたらと関心を待てばいいというものでもない。健全な無関心というべき態度もある。

他者との関わりのなかでやむを得ず戦わねばならないときも確かにあるが、そういうときというのは案外少ない。

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イスタンブルの『ブルーモスク』スルタン アフメット ジャーミィ(2015年9月)

排他的な政策がもたらす結果について

ときに地域の同質性にこだわり、異質な人々を排斥する流れが生まれるときがある。自身に似た人々と暮らすのは楽かもしれないが、そのときから都市・国家は衰退への道を歩むことになるようだ。とはマドリードプラド美術館ユダヤ教徒追放政策に憤慨するユダヤ人の姿を描いた画を見たときに感じたことである。

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プラド美術館(外壁修復工事中)(マドリード 2018年9月)

またスペイン ハプスブルク王朝の最盛期に君臨したフェリペ2世(肖像画がプラドに複数ある)は強烈なカトリック信徒であり、異教徒弾圧の方針を進めたことにより内外の反発・衝突を招き、国力を消耗した。とはいえ優れた実務能力により戦争にも勝ち、彼の統治下、帝国は最大領土を手に入れた。ただし彼の死後、国力は衰え続け三代を経て後、帝国は滅びた。

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*フェリペ2世(プラド美術館, マドリード *Photo: public domain)

世界を支配したハプスブルク家について

世界史上、日の沈まぬ国となったのはハプスブルク家スペイン帝国と、後のイギリス帝国のふたつのみである。

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ハプスブルク帝国の「女帝」マリア テレジア(ウィーン 2015年10月)

ハプスブルク家は現在のスイス発祥の小貴族。「争いは他のものに任せよ、幸いなるオーストリアよ、汝は結婚せよ」と揶揄されるくらいに争いを避け、政略結婚を重ねた。その結果、血みどろのヨーロッパを支配、最後は世界帝国を築き上げた。頭角をあらわした家長ルドルフ1世から280年後のカール5世の代には日の没することなき帝国を手中に収めている。世界を手に入れるために必要な時間とはその程度のものだったともいえる(※スペイン ハプスブルク家オーストリア拠点のハプスブルク家当主より相続)。

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*カール5世が破壊に近い大改築を施したメスキータ(コルドバ 2018年9月)

力の分散を防ぐためだったのだろう、ハプスブルクの血を保ちつつ結婚政策を極限まで進めた結果、近親婚をくり返さざるを得ない状況となり、生まれる子は病弱で短命、最後の王は精神疾患を抱えたまま5歳で死去、王朝は途絶えた。スペイン ハプスブルクの世界帝国は2百年保たなかった。

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*スペイン・ハプスブルク朝断絶後のスペイン王・カルロス3世像(マドリード, マヨール広場 2018年9月)

現代の日の沈まぬ国について

ところで現在、アメリカはその領土面で一日20時間の「日の沈まぬ時」を確保しており「ほぼ日の沈まぬ国」といえる。実質的な属国(どことはいわないが)を版図に入れれば史上三番目の日の沈まぬ国といっていいのではないか。しかも血の純潔にこだわってもいない。産業育成能力、経済規模、知的人材輩出の実績も頭抜けている。

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*6年前に見物したホワイトハウス(ワシントン D.C. 2012年9月)

ウォーレン バフェットはアメリカの黄金時代はこれから始まるという見方を今も捨てていない。トランプ大統領の誕生により摩擦と混乱の種は増えているものの任期は4年でひとまず終わる。

ジム ロジャーズは今世紀を中国の時代というが、前世紀から続くアメリカの時代はまだ終わりが見えない。

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*そういえばトランプタワーの前を通った(ニューヨーク 2012年9月)

アメリカの自浄作用は侮れないと僕は思っているのだが、もしもアメリカ ファーストなる方針を標榜し続け、外部者に対する不寛容な政策を継続するようであれば(トランプ再選となればそれは象徴的な出来事といえる)、その繁栄はピークを過ぎたと見て良いのかもしれない。